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ビ・ボーン物語
そのものを初めて見たのは1984年の夏、河口湖において行われたログスクールでした。それからの私とログホームとの出会いから今日までを語ることで、ログホームの変遷をご理解いただければ幸いです。
いま思えばそのログスクールとの出会いが私の人生を変えてしまいました。大自然の恵みともいうべき太い丸太を豪快に組み上げてつくるログハウスにひと目で魅了され、その年には新婚の妻を日本に残し、カナダで行われたログスクールに参加している自分がいました。
自分の家をみずからつくりたいという、本能的な欲求からの行動でした。そのころは、ログハウスが日本に本格的に紹介されはじめたころであり、まだ一般住宅でなく、主に北米(アメリカ、カナダ)の材を使用しチェーンソーで刻み、そのままを内装材として使用する。山小屋および別荘ニーズにこたえた形で普及しました。
チェーンソーの技術、そして日本の小屋組み等を融合させ、より精度の高い加工技術の取得や開発が盛んに行われ、みずからつくることを目的としてログスクールの開催、また各々が支持するカナダ人ログビルダーとの交流も盛んに行われた時期でもありました。加工の方法でだれの作品かも必然的にわかるような時代でした。ログハウスの神様と呼ばれるB.アラン・マッキー氏を筆頭に、個性あふれるログビルダーとの交流は大変有意義であり、大変懐かしい思い出であります。
日本においては、建築基準法の改正により、制限付きではありますが建築可能になり、リゾートブームも追い風となって、ログハウスが各地で建てられるようになりました。正倉院の校倉構法もあるように、木の文化を持ち合わせているわれわれ日本人には、ログホームを本能的に受け入れる素地があるように思われます。
続いて、日本古来の仕口等を生かしたポスト&ビームも普及しはじめたころでした。日本古来の在来構法の柱、桁、梁、小屋組み等に丸太材を生かし、いわば古民家風なつくりでログホームの特徴もあわせもつ住宅として人気を得ました。
さらに、大型の商業施設および公共施設でのニーズに十分対応でき大型物件の実績も多数上げました。
いままで山でつくられていたログハウスが山から街へ、より住宅としての機能性を重視したスタイルものが現われ、新たなるニーズの顕在化として、北欧ログハウスの人気が同時に巻き起こってきました。これには日本における設計士の努力が大いに貢献しているように思います。
この流れによって、ログハウスが住宅として、第一次住宅取得者層をメインとした方々にも大いに興味ある商品として受け入れられ、結果住宅への可能性が飛躍的に広がりをみせはじめました。
また、ログハウスの外壁に施工を行う塗料の開発に伴って、外観がカラフルになりはじめたのもこのころからです。以来、住宅として需要にこたえるべく総2階建てのログハウスや日本特有の狭小地でのログハウス、これらは年々進化しているのが現状であります。いままでダイナミックで野性的だったログホームが、よりモダンにナチュラルに女性にも支持される自然派住宅として、新しい年代層にも受け入れられるようになってきています。
地球温暖化に伴うCO2削減、地球サイズでのエネルギー問題がわれわれの課題として揚げられていますが、炭素を固定化した木材をふんだんに使用した家づくりは、CO2削減に貢献することはいうまでもなく、その後の植林によって新たなるサイクルを構築いたします。
東日本大震災においても、仮設住宅としてログホームが提供されました。お住まいになっている方に感想を伺いましたが、木のぬくもりは十分に感じられているようです。これから復興住宅としての再利用も検討されています。
ログハウスが日本に上陸して30年余り、ログハウスは、当初の山小屋のイメージログキャビン、それから住まいとしてのログハウス、そして上質な住空間であるログホームをいうカテゴリーまで、進化してきました。
大事な資源である木をこれからは工業的な要素も加え木質系材料としての高度利用が必要であり、またそのような利用の中に新たなる商品のアイデアも生まれると思います。木のある暮らしを提案し、住まい方としてかかわることが、新たなるログホーム実現に寄与すると思います。

(出典:宮下俊吉「若者たちの夢からモダンな高級住宅へログハウスのオールド&ニュー」/「ログハウス建築大全」地球丸 2013年 ISBN-978-4-86067-373-4)
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